垣根越え全世界で協力を

EDF企画 『どう向き合う、気候変動』― 4回シリーズ最終回

2021-06-14

現場の知恵生かし危機と対峙

 自然環境が変化する中で、水産業界に「環境変化の実態の把握・予測をし、それに対応できる漁業生産の方法を探る」「電気エネルギーの活用など、気候変動の緩和策を進める」といった課題が浮かんできた。水産庁の「不漁問題に関する検討会」で座長を務めた宮原正典氏は本紙に「鍵は、トランスバウンダリーな(垣根を越えた)協力だ。漁業種類間、漁業と加工流通、生産者と消費者、水産業と他産業、日本と外国など、従来の垣根を越えなければならない」と語る。 

漁業者が科学者のアプリにデータを提供
写真: 漁業者が科学者のアプリにデータを提供するケースも出てきた

 同検討会の取りまとめでは、気候変動リスク把握に向けて国際的に連携し海や資源のデータを集め、漁業管理し、違法に獲られた水産物が輸入されないようにすべきだとしている。 

 確かに、リスクの把握は決定的に重要だ。気候変動が水産資源に与える影響は、水温や海流の変化による「卵・仔稚魚の死亡率」「分布域の変化」など多くある。また、こうした影響は他にも海の栄養状態、地形、各魚種の資源の豊富さなどにも左右される。「どの魚種にどのような要因が影響をどの程度与えるか」について環境要因それぞれの専門家や漁業者、水産試験場などが協力しないと、正しい実態把握や対策がとれない。 

 漁業者の知恵は、科学者との協力によって、より深く正確な知識へと昇華できる。米国のトロール漁業者ボブ・ドゥーリー氏は、同国の漁業者が科学者との協力で資源管理を強めていった経験をこう振り返る。「漁業者は当初、科学を信用していなかった。だがその後、自分たちが(科学者らに魚の情報を発信し)科学の一部になれるのだと気付いた。科学者や行政と対話するうちに信頼関係が生まれた。漁業者は賢く、魚の居場所などを熟知している。提言ができるのだ」 

 また日本政府はIT開発や改正漁業法による漁業データの報告義務化、調査船調査の増強などで、より多くの海域・魚種のデータを集めて分析に生かそうとしている。国の整えたデータ収集・共有の基盤の上に、水産現場や研究者による迅速なデータの収集・入力など協力が求められる。「どんな種類のデータを、どの程度の量や細かさで、誰から提供してもらうべきか」を整理、続いて漁業者を交えて「必要なデータを漁業者に極力負担をかけずに集めるため何が必要か」「データの公開範囲、秘匿性の確保をどうするか」と検討する必要があろう。 

人工知能での漁場予測も可能

 データの所有権も重要なテーマ。海や漁業のデータは漁業者や研究者がバラバラに持っており、データを集めるためのコストも各自が払っているため、漁業者や研究者が他の研究機関などへのデータ提供を嫌うケースが少なくない。だが、例えば水温データと資源データを別々の人が持っている場合、両者がデータを提供し合わなければ「水温変化で資源が増えるか、減るか」を分析できない。所有者の枠を超えていかにデータを提供し合うか、データ提出者にどんな見返りを用意できるかなどが焦点となる。 

 最終的に国際社会に協力を求めることも重要。特に中国、韓国、ロシア、北朝鮮などの隣国は、スルメイカやマサバなど日本と共通の資源を獲る。一部の隣国がデータを出さない、漁業管理に協力しない、という場面もある。例えば北朝鮮水域で、中国の違法漁船のスルメ漁獲量が日本全体のスルメ漁獲量の約2倍に達しており、気候変動によって減ったスルメ資源が追い打ちされている―という推計がありながらも、中国政府は「政府の管轄下にない無許可船による漁獲で取り締まりが難しい」などとし、国際社会に詳細な漁業データや取り締まり策などを示していない。水産庁が4日の「不漁問題に関する検討会」で取りまとめたように、違法・無報告・無規制(IUU)漁業で獲られた水産物が日本に輸入されないよう規制するなど「説明責任を果たさない漁業国には、商機を与えない」という機運が必要だろう。 

 気候変動や、そこに追い打ちをかける過剰漁獲は今、国際社会に大きなリスク。国際社会で協調を探り、適切に実態把握を進めることが重要だ。水産研究・教育機構と米国海洋大気庁(NOAA)は7月以降、米国のEDF(環境保護基金)などの協力の下、データの交換などの協力体制づくりについて協議を始める予定。日米の研究機関は、海洋や水産資源のデータ収集や解析のため、さらに中国や他の主要な沿岸国に研究協力の輪を広げたいという姿勢だ。 

 水産現場と科学者、国家同士が知恵を出し合う。気候変動という未曽有の危機を前に、われわれ人類、そして水産人に求められていることではないだろうか。 

EDF(環境保護基金)提供。本記事は、みなと新聞の許可を得て転載しています。

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