TACの不安に具体策を

【連載】資源管理新時代〈1〉

2024-07-22

 政府は漁業を管理して水産資源を回復させ、昨年300万トンを割り記録史上最低を更新した国内漁獲を2030年までに444万トンに回復させたいと公言している。ここに向け、より多くの漁業関係者が納得・協力するには。世界各国で漁業者や行政、科学者の対話を仲介してきた経験を持つ環境団体エンバイロンメンタル・ディフェンス・ファンド(EDF)の提供で考えていく。

技術改良や枠融通・順守へ

 政府は漁獲可能量(TAC)管理の対象種拡大を目指す。ただ、TACでは、対象種の漁獲量を規制。狙っていなくとも対象種を混獲してしまう漁法の多い日本沿岸の漁業関係者から、混獲でTACの枠を消化し操業全体を止められるのではと不安論が絶えない。混獲を防いだり混獲物を再放流したりするための技術開発、混獲で予期せず消化してしまった枠の融通策、規則順守を担保するための透明性などが鍵となりそうだ。

 混獲の多い漁法の典型に挙がるのが、固定式の網の中にその時々で来遊した魚を無差別に獲る定置網。ただ、定置網の主力魚種であるブリは、今より親魚量を増やした方が将来の産卵量や資源量が安定すると水産研究・教育機構が提案してもいる。結果、定置網漁業者から「若い漁業者に(資源を)残してあげたい」(静岡県定置漁業協会)など賛同が強まり、同じくブリを一定量獲る巻網漁業者の合意も踏まえて、国は来年からブリへのTACを導入することとした。

 日本定置漁業協会は「小型魚の中心に、比較的魚価のつきづらい規格、季節のブリを再放流するのが現実的」とみる。例えば、定置網の経営体や県ごとに過去のブリの漁獲実績に応じてTACを配分し、おのおのが枠超過を防ぐべく、単価のつきづらい魚サイズ・季節に再放流するなど、方法は模索し得る。

 ブリには細い魚道を通りやすい性質があり「網の内部に魚道をつくって金庫網(出荷まで魚を生かして入れておく網)に誘導し再放流できるのでは」という定置網漁業の声も。このように魚体を選別しての再放流技術に加え、水中カメラなどで遠隔から網内の様子を見て逃がすべき魚が入っている時に出漁を控える技術、網の形・網目のサイズ・光の当て方などを工夫し特定の魚だけ網から出るよう誘導する技術が各地で実験されている。

 第一に漁獲を避けるべき魚を入網させない、第二に入網したものの再放流を検討する。この発想に基づくTAC対象種の選定や技術開発、操業の工夫は、定置網に限らず、混獲の多い漁法で今後も重要となりそうだ。

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ブリなどは魚道を通じ金庫網(向かって右側上側)に誘導し得る(日東製網提供)

漁獲枠配分に公平感必要

順守のモニタリングも重要

 ブリをはじめ広範囲を回遊する魚種は、年によって来遊の多い地域・少ない地域が変わる。TACを公平に配分するかという議論が重要となる。過去の実績に基づく配分は客観的ではあるが、今後、温暖化で魚の分布が北上するなど変化が起きる可能性がある。実績以外の条件として、環境変化なども枠を配分する時に考慮が必要だろう。過去の実績と枠を多く持つ地域から、直近の漁獲が多く枠を消化してしまった地域へと枠を譲る際、譲る側の地域への埋め合わせなどの工夫が求められる。

 また現状、国内の沿岸漁業者から、一度にまとまった量を漁獲するかつ沖合で操業する漁業に対して「混獲した魚を投棄してTACの枠消化をごまかすのでは」など、規則違反への懸念の声がある。「他の漁業者が規則を守っている」と安心して「自分も守らなければ」と思えるようにするには、操業のモニタリングが重要といえる。

 期待がかかるのが電子モニタリング(EM)システムだ。近年、アメリカ、オーストラリアなどでは、カメラで船上の様子を動画記録、位置情報で航跡を把握して混獲や投棄を確認する、といったEMが発達し、科学のデータ収集や労働状況の把握などにも役立っている。EMは一定以上の規模で導入すると人間オブザーバ ーよりコストが安い。カメラ設置により漁業者のプライバシーを心配する意見もあるが、AI(人工知能)モザイク処理などの技術発展で対応が進む。

 東アジアなどでもEMの試験導入が進んでいる他、公海などで行われる遠洋漁業は、各海域の地域漁業管理機関(RFMO)で規則が強まっていることから、近い将来のEMの実装が確実視される。日本の漁業管理への応用も期待できる。

課題山積でも建設的議論を

 TACは課題山積。一方、科学に基づき、かつ全国の漁業者で足並みをそろえ資源管理できるなど、地域単位の自主管理にない利点も持つ。青森県定置漁業協会がブリについて「資源が豊富な今、早急に(TAC)スタートを」とコメントしたように、資源が落ち込む前に動く方が漁業者の負担も減らしやすい。より建設的な議論を期待したい。

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電子的に漁船の動きをモニタリングする技術が普及(EDF提供)

一般財団法人EDFジャパン(EDF Japan Foundation)提供。本記事は、みなと新聞の許可を得て転載しています。

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EDFは、環境課題に対する解決策を推進する非営利団体です。地域社会や市民団体、学術関係者、および政府関係者に対し、技術的助言や知見の共有、協力支援を通じた活動を行っています。