米国エンバイロメンタル・ディフェンス・ファンド(EDF)の提供で水産資源の回復や有効活用を考える本連載。政府が漁獲可能量(TAC)の管理対象魚種を増やそうとしている議題を中心に、漁業関係者の不安や対処法を整理してきた。最終回は、これまでに描き切れなかった課題についてまとめる。
率直で前向きな意見交換へ
まず挙がるのが、現場と政府の経済的な意味での意識共有。政府がTAC候補に挙げる魚種の中に、資源を回復しても漁業者の収入増につながりづらそうなケースがあるためだ。例えば、全国底曳網漁業連合会(全底連)は、カレイ類複数種の一括TACを不安視。「カレイは価格が低いせいで漁業者が狙いに行かず、資源が余る場合が目立つ。どの種を増やせば漁業経営が良くなるのか見えない」という。
同じ魚種でも、サイズや漁法などの規格によって用途や需要の大きさなどが異なり、資源増は必ずしも漁業者の増収を意味しない。「どの規格がどの程度獲れたら良いか、というのが業界側にあって、そこと現状の差を科学的に見比べ、目的を定めるべき」と富岡啓二同会会長。水産現場がメリットを実感できる管理へ、経済的な側面を含めた現場、科学者、行政の対話が重要となる。
意識共有の大きな鍵が科学の信頼性向上。カタクチイワシへのTAC導入案(連載第3回)のように、科学を基に漁業管理を強める議論では、漁業関係者から「科学は不確実で信用できない」という慎重論が出やすい。一方で、広大な海を探る科学から不確実性がなくなることはなく、国際法上も科学の不確実性を口実に管理を弱めることは許されない。実例として、不確実性の高い時ほど厳格化される米国のイワシ漁管理などがある。
他方、必ずしも漁獲量管理が容易ではない漁法があることや、古くから日本の漁業者が漁獲量規制以外の自主管理(例・禁漁期、禁漁区、再放流)を採ってきたことも連載してきた通り。既存の管理策の効果を定量化し、量的管理をしづらい漁法の代替策として活用したり、既存管理の効果を差し引いて数量規制が不当に厳しくならないようにしたりしてほしいという声も漁業関係者から多い。このように管理の柔軟性を高める研究は重要だろう。
自主管理の効果の定量化は、TACの公平な配分にも重要だ。TACは通常、過去の漁獲量実績が多い県や漁業に多く割り振られる。ただ、過去に厳しい自主管理で漁獲を抑えてきた漁業者に少ない枠しか割り振られなければ、不公平感が出る。自主管理策の効果を検証し、より漁獲を抑えてきた人に多くの枠を与えられるのが理想だろう。水産研究の予算や人員の不足が叫ばれる現状、研究体制の整備や、低コストな研究手法の開発が課題となりそうだ。
ここで考え得るのが、漁業者自ら科学調査に参加できる体制整備。2000年代前半、乱獲で資源が減っていた米国西海岸の底魚漁業では、EDF協力の下、漁業者と科学者の交流を強化。科学者が漁船を用船しての調査や合同の勉強会を行った。また「お互いの顔と人となりが分かることで信頼関係が強まった」(当時底引網漁業を営んでいたボブ・ドゥーリー氏)。科学的な漁獲量規制に協力機運が高まり、多様な資源の回復につながった(21年10月のEDF提供連載に詳細)。
漁業者と科学者が対話する米国西海岸(ドゥーリー氏提供)
「豊富な漁獲」目的は共通
疑心暗鬼克服へ“後ろ盾”
信頼関係の構築は、複数の漁法間でも重要。例えば、ブリ(連載第4回)では、資源を競合する定置網と巻網、養殖が足並みをそろえて資源を残す必要があった。TAC制では各漁業の足並みをそろえ管理できるが、「自分たちがTACを守っても、他の漁業者は守るのか」と不安を持つ漁業者は出るだろう。
第4回で考えたように、一定条件下(例・小型個体の入網が多い、など)で定置網からブリの再放流を規則化する場合、「実際に放流していることの証明が重要。全ての漁船に動画カメラを設置するなど、規則を守らない人間が得をする展開を避けなければいけない」(青森県内で定置網を営むホリエイの野呂英樹取締役)。また、一部定置網漁業者から「ブリのTAC管理は受け入れるので、巻網船に監視員や動画カメラを置き、低単価サイズの魚体の投棄防止や、規則順守を徹底させてほしい」との意見も。より多くの漁法で、規則順守を担保できるモニタリング策を採り入れ“正直者がばかを見ない”ようにしたい。
広大な海にいる水産資源の量や増減を、人知で把握・予想しようとしても不確実性は避けられない。そして水産資源は日本だけで13万人もの漁業者に共有される。資源をどう管理すべきか、関係者の意見が分かれるのは当然だ。意見の異なる人同士で「相手には何か利権や下心があるのでは」と疑心暗鬼になってしまうこともある。だが、筆者が取材する限り「魚が豊富に獲れて、水産業が盛り上がるようにしたい」という考えは、どの関係者も変わりない。今後、より率直かつ前向きな話し合いが進むことを期待したい。
※この連載は今回でおわりです。
漁船の位置情報や操業の映像を電子的に集め規則順守をモニターできるようになりつつある(EDF提供)
一般財団法人EDFジャパン(EDF Japan Foundation)提供。本記事は、みなと新聞の許可を得て転載しています。
- みなと新聞電子版2023年10月30日配信
- みなと新聞電子版(会員限定):https://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/e-minato/articles/137497
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EDFは、環境課題に対する解決策を推進する非営利団体です。地域社会や市民団体、学術関係者、および政府関係者に対し、技術的助言や知見の共有、協力支援を通じた活動を行っています。