水産振興へ長期的議論を 複数の産業視野に雇用創出

EDF企画『変化にも透明性と安心感を』― 6回シリーズ最終回

2021-10-21

水産業の将来を考える上で、デリケートながら避けて通れない議題が雇用の数。長期的に複数の産業をにらむ広い視野を持って議論する勇気が、日本の水産業や漁村を守る上で重要だ。

漁船数に対し資源が足りず漁業経営が立ち行かないなど、漁船が保てない状況では、漁業者が政府や他漁業者から退職金代わりの金銭を受け取って漁業許可を返上する「買い戻し」政策が行われることがある。

The need to forecast and respond to changes in climate and fishery stock
 

 連載で紹介してきた米国西海岸の底魚漁は乱獲で資源が減り漁業経営が悪化、2000年に連邦政府から非常事態宣言が出るほどだった。漁船の7割が冗長との経済分析もあり、2003年に政府が基金をつくり個々の漁業者に「いくら補償があれば漁業許可を返上してよいか」を質問、安い金額を提示した漁業者から順に基金が尽きるまで許可を買い取った。基金の金は国庫と許可を返上せずに残留する漁業者から集めた。結果、漁船数は約半分となった。

 漁船や漁業者を減らす買い戻し策について、米西海岸の元漁業者ボブ・ドゥーリー氏は「もちろん反対者はいた。だが資源不足と漁船過多は明らかだった。漁業はパート仕事のようで誇りが持ちづらかったように思う。地元のリーダー的な漁業者らが『将来のため買い戻しが必要』と周囲を説得した」と振り返る。

 以後、西海岸で資源が回復し漁業者の利益が増えたのは連載で紹介した。漁獲金額から変動経費を引いた利益の平均は買い戻し前に12万8000ドルだったのが、2016年に25万ドルを記録。漁船の平均人件費も上がった。ドゥーリー氏は「漁業者の数は減ったが、資源や収入に加え『総労働時間』も高まったと思う」という。

 カナダの研究者らの出した2017年の論文は、世界の買い戻し4事例を分析し資源や漁業経営へ一定の効果があったと認める。一方、特定地域のみ漁船の削減率が高く代替雇用が不足する、退場者の再就職のための訓練プログラムが対象者の教育水準などのせいであまり機能しない―などの問題も一部で起きたとする。

 米西海岸でも「減船後、漁業インフラが衰退する地域があった。埠頭(ふとう)や製氷機、漁労機器店、漁具店などが足りず、資源が増えたのに漁獲できないというケースもある」とドゥーリー氏。また環境保護基金(Environmental Defense Fund)によると、加工業者も足りていない。一方で漁獲が増え魚価は横ばいか低下という魚種も多く、水産加工業の総人件費や1人当たりの給与は上昇傾向にある。2015年時点の分析で、加工業者の生産部門の総人件費は2009年比42%増の235万ドル、非生産部門で同45%増の71万ドル。今後、加工業の雇用は増やし得る。

 漁業に加え関連産業に視野を広げることが、漁獲や漁村社会を守るために必要となる。特に、今後は温暖化で資源の増減が読みづらく「どの魚種は増える・減る可能性が高い」「これくらい資源が増減した時、この漁業・産業のインフラ(漁船含む)規模がどの程度あると、いくら収入を生む」「この漁業・関連産業にいくら収入があれば何人分雇用をつくれる」「このインフラ規模を保つため、どんな支援が必要」「このインフラを削減する場合、どんな痛みが生じ、どのような行政支援が必要」といった事前の想定がより重要。いざ資源状態が変わってから慌てて政策立案や予算配分をするより「将来、うまくいけばこうなる。最悪この手もある」と想定がある方が、混乱や痛みを避け、効率的に動ける。

 想定の際“日本らしさ”を生かせる。たとえば定置網など「特定魚種に固執せずその時に来遊した魚を獲る」漁業が盛んなので、温暖化で来遊魚種が変わっても漁獲を続けやすい。多様な種類・サイズの魚を扱う上で有利な手作業での加工技術もあり、手作業が多いからこそ機械式以上に雇用を生みやすい―といった日本の強みを織り込めば、より明るい未来を描きやすくなるだろう。

 資源減も気候変動も対策すればしたなりの痛みはあり得るが、無策で先送りすればその痛みは増し、将来より多くの雇用や食糧が失われるだろう。策を練れば明るい未来を描きやすくもなろう。「いかに痛みを減らし、明るい未来を描くか」を話し合う。その一助に本連載がなれば幸いだ。

※この連載は今回でおわりです

EDF(環境保護基金)提供。本記事は、みなと新聞の許可を得て転送しています。