連載主旨
水産庁は6月4日、識者らを招いて4月から開いていた「不漁問題に関する検討会」の取りまとめを発表した。水産資源が気候変動などの環境要因と漁獲の両方に影響されると認めた上で、掲げた対処方針は、気候変動の影響を的確に把握・予測し、減る魚種を保全しつつ増える魚種を狙って獲る、温室効果ガスを抑える、そのために組織や国家の枠組みを超えて協力する-などの内容だ。では、このために今、何ができるのか。本連載を通じて考えていく。
第1回本文
水産庁の取りまとめでは、太平洋で従来見られた数十年周期の水温変動が続かなくなるなど、従来の知見で説明できない水温変動が2000年以降観察される▽近年のサンマ、スルメイカ、サケの減少は水温などの環境要因に影響された可能性が高い▽減ったサンマとスルメイカの資源を国際的な漁獲増大が追い打ちしているとみられる▽関係各国で漁業管理し、違法に獲られた水産物が日本に輸入されないようにすべき―といった旨が盛り込まれた。
確かに、資源減の入り口が水温変化だとしても、獲り控えは必要そうだ。例えば、マイワシ太平洋系群の推定資源量は1980年代に2,000万トン前後あったが、水温上昇などの影響から1992年には247万トンに減ったとみられる。
この群は資源の母数が減った後も、強い漁獲努力を受けたため、1980年代に年間1~2割だった漁獲死亡率が1991~2009年の間4割前後に上昇。2008年の推定資源量は10万トンを下回った。
渡邊良朗元東京大学教授は「92年以降は環境条件が回復したが、減った資源を過剰漁獲が追い打ち、回復を妨げていた」と指摘した。実際、後に漁獲が科学者の勧告以下に抑えられるようになるまで、資源は回復を始めなかった。
サンマやスルメイカについても、獲り控えしなければ資源回復の可能性が下がる。サンマを多く獲る台湾、スルメの違法漁獲が目立つ中国などに、協調した資源管理を求めるべきだろう。
一方で近年、サワラやブリなどが水温の上昇によって従来よりも北の漁場に分布するようになり、漁獲の対象となったり商品化されたりしつつある。今後も、増える魚・獲りやすくなる魚を使うことが、水産ビジネスに大切になる。
ここで「環境変化でどの魚種が増え、どの魚種が減るのか」を予測・把握することが大切だ。環境条件が特に影響しやすいのは、体の弱い魚卵や仔稚魚。各魚種で「卵や仔稚魚が自然界で多く死んでいないか、死んでいる場合には水温や餌環境など要因がどの程度相関しているのか」と分析するなど「どの魚が、どんな環境要因に影響を受けやすい」と明らかにすることが重要になる。
年ごとの環境条件によって魚卵や仔稚魚の生き残り、つまり資源の発生量は変わる。また、各魚種がどの海域に多く来遊するかも環境次第で変わる。だが、現状で政府は最新ではなく1~2年前のデータを基に資源量などを分析しており、この古い分析で漁獲枠などを決めざるを得ない状態。近年は「どの海域でどの魚種がよく獲れている」などリアルタイムの漁業データを集めるITが発展しているため、これを応用し「今年は想定より資源の発生が良い。特に多くの魚が来遊している都道府県で漁獲枠を増やそう」「稚魚が予想外に少ないので枠を減らそう」といった柔軟な対応が求められよう。
さらに漁業以外のデータも精査が必要。だが東京大学の牧野光琢教授は「水産資源と真剣に向き合うため、現状、水産庁の調査研究予算87億円では足りていない。他の先進国と同様の水準に並ぶには、およそ年間200億~300億円規模の予算が妥当ではないか」と語る。実際、各地の調査研究機関からは人員や予算の不足を訴える声が絶えず、手当てが課題となる。
EDF(環境保護基金)提供。本記事は、みなと新聞の許可を得て転載しています。
- みなと新聞電子版2021年06月09日配信
- 切り抜き紙面 (PDF, 580KB)
- みなと新聞電子版(会員限定):https://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/e-minato/articles/112367
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