引き続き、漁業者が科学と信頼関係をつくるための道を考える。
正直な対話を
水産研究・教育機構の藤原邦浩氏らのチームは、新潟県糸魚川市の底引網の収入アップと資源データ集めの両立を目指している。漁船上のカメラや漁業者のスマホのアプリから漁獲結果を港に発信。漁港側が氷やトラックなど入荷準備を過不足なくできるようにし魚価を高めつつ、データを資源の豊富さなどの分析にも役立てる計画だ。
このチームに協力する漁業者は「もともと、藤原氏とは一緒に研究をし、信頼関係があったため」と話す。藤原氏も「漁業者に何か聞かれたら極力『分からない』と言わず調べて伝え、彼らの知恵を裏付けてきた。資源の話はデリケートで、『もっと資源はいる』『いや、もっと少ない』など過大評価や過小評価も起きがち。ただ、漁業者は本当のことを知りたいので、思いを受け止めて対話するのが大切。今回の研究も魚価向上だけでなく、資源研究に使うと正直に伝えている」と語る。
話を難しくしない
福島県では一定より小さいヒラメやアナゴが底引網にかかった際、再放流をしている。両種は丈夫で、網の傷で死ぬ可能性も低い。同県水産研究所の渡邉昌人資源増殖部長は「先輩の研究者たちが『再放流して生き残った魚は大きくなる、そうすればこれだけ体重が増え、その分水揚金額が増える』と漁業者に何度も説明して回ったと聞いている」。
説明の際に気を付けるのは「話を難しくしないこと。CPUE(漁獲努力当たりの漁獲量)なら『獲れ具合』などとかみ砕く。漁獲体長サイズを30センチ以上に制限するなら、船上ですぐ使える30センチの定規を配る。現場の漁業者が納得する形で資源を管理してもらうのが大切」(渡邉部長)。
そして「誰より海に出ているのは漁師さん。その情報を得ぬ限り、良い研究にはつながらない。漁師さんの情報をうのみにすることもしないが、怒られながらも情報交換し、科学に落とし込む。良い研究を外部に報告することも大事だが、魚を獲ること・漁業者の収入につながる研究ができて初めて意味がある」(同)と意識する。現地の底引漁業者への取材でも「科学の話を正しいと思うことも疑問に感じることもある。疑問に思ったことはぶつける」との声が聞かれた。
どの事例にも共通するのは、科学者側が漁業者のところに足しげく通って信頼関係をつくったこと。あるところでは「昔から科学者は漁業者に助言をしていたが、漁業が稼げた時代は『口出しするな』という空気が強かった。漁業者の力が弱ったことが、皮肉にも聞く耳につながった」という声もあったが、現場で理論より人間関係が重視されることの裏返しといえよう。
科学者が漁業者から信頼を得た上で、乱獲などデリケートな内容も含めた最新の知識を、分かりやすい形で伝える。同時に科学者が漁業現場の知識やニーズをよく聞き、状況に合う解決策を提案する。どちらか一方だけが強いのではなく、両者が意見を言い合える人間関係が「分かる範囲で最善の科学情報を、漁業の管理に生かせる」という体制につながるようだ。
EDF(環境保護基金)提供。本記事は、みなと新聞の許可を得て転載しています。
- みなと新聞電子版2020年2月22日配信
- 切り抜き紙面 (PDF, 1.4MB)
- みなと新聞電子版(会員限定):https://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/e-minato/articles/99237
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