【不安2. 魚を”選べぬ漁法“で管理できるか】
漁業管理で水産資源を増やそうとする場合、壁となるのが多くの魚を一緒に獲る「多魚種漁業」。ある魚種を守ろうと言っても、漁業者からすれば「どうしても、その魚が獲れてしまうことはある。かといって漁に出ないわけにもいかない」と困ってしまうことも。ただ、そんな中で工夫を重ねる漁業者はいる。
小さな魚を再放流 三重と静岡の定置
三重県尾鷲市の早田大敷(定置網)では、31歳の中井恭佑漁撈長を中心に画期的な取り組みを進めている。大型漁船を導入し、漁船の中に作業スペースを確保。帰港前に魚を選別し、神経締めや活魚水槽への取り込みなど魚種ごとに価値を引き出すための処理をする。
船上で魚をえり分けるため、特定の魚だけ生きたまま放流することも可能。国の漁獲規制があるクロマグロに加え、体長20センチ強の小さなブリなども逃がしてきた。「値の安い小さなブリは、大きくなって戻ってくるのを待つ。少しでも資源が増えるよう活動を続けたい。定置を『漁獲調整できない駄目な漁法』と言われたくないし、自然に優しい漁と認識してほしい」(中井漁撈長)。逃がした魚が他の漁村で獲られてしまう恐れもあるが、「船員から反対はない。皆が放流すべきと思っているから、少々苦でもやり遂げられる」(同)。
早田の網は魚群探知機を取り付け、陸上から網の様子を見られるようにもした。出港前に潮流や漁獲量が読めるので、流れがやむまで作業が中断したり、氷に過不足が出たりするのを防げる。魚影の大きさや泳ぐ深さから魚種もある程度予想可能。将来は、特定の魚種だけを狙ったり逃がしたりできる期待もある。
漁業者同士、魚の処理による価格アップなどの情報も共有し、意識を高める。「早田のブランド力の向上は肌で感じる」(同)という。
静岡県定置漁業協会もクロマグロ漁の自主放流を行う。国は30キロ未満のクロマグロに一律で漁獲枠を決めているが、同協会は加えて「10キロ以下の個体は原則放流、5キロ以下は全放流、1定置網ごとにクロマグロ水揚げは1日300キロまで」という規則をつくった。
静岡県定置の規則は、価値の高い大きな個体を優先的に獲りつつ、漁獲枠を守るため。日吉直人同協会会長は「クロマグロは10キロになるとおいしく値も付くが、3キロほどだと値が付かないので逃がしやすい。国からはクロマグロの減収保障で応援されているし、しっかりやりたい」と語る。マグロが多く入った際にはマグロの泳ぐ表層の網だけを水中に沈めて放流。この場合、肌の弱いマグロも生きたまま逃がしやすい。
世界一の漁場残す 福島の底引網
福島県の底引網では魚価安と燃料の高騰に苦しんでいた昭和後期に、一部の漁業者が周囲を説得し、休漁日を増やした。魚の獲れ過ぎによる値崩れを防ぎ、燃油を無駄遣いしないためだ。経営のため漁獲を抑えるという発想が広がり、ヒラメやアナゴが大きく育ってから獲るために一定より小さなサイズを放流することが自主規制や海区の規則で定着した。
経営感覚の強さの背景は「地域の船主が船頭を兼ねるので現場をよく知っていること。また、漁業者の妻が魚を売るので(経営関係の)情報が入りやすい面もあったのでは」(福島県機船底曳網漁業組合連合会)。
震災後に資源が増えた後は、小型魚の多い海域を保護区にしたり、特定の海域に漁獲が集中しないよう漁場をローテーションしたりする協議も進んでいる。震災後に資源の回復した(第1回参照)地元について「息子たちには『世界一の漁場になる、残さないと駄目』と伝えている」と語る漁業者の声もある。
利害克服し回復 石狩湾の刺網
石狩湾漁協(北海道石狩市)は、1996年からニシンの資源増大プロジェクトを行った。人工ふ化した稚魚を放流しつつ、若い魚が刺網にかからないよう網の目を拡大。当初、取り組みに難色を示す関係者もいたが、「自分たちで利害関係者を集めて話し合った」(同漁協)。1995年時点で3トンだったニシン資源量は近年3,000トン前後に増えている。
狙っていない魚も獲れてしまう多魚種漁業だが、「守るべき魚(特に未成魚)は逃がそう」と工夫を凝らす漁業者が各地に点在するのだ。
EDF(環境保護基金)提供。本記事は、みなと新聞の許可を得て転載しています。
- みなと新聞電子版2020年2月18日配信
- 切り抜き紙面 (PDF, 2.2MB)
- みなと新聞電子版(会員限定):https://www.minato-yamaguchi.co.jp/minato/e-minato/articles/99107
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